ある船乗りの話

2013年12月13日

北上尾歯科にクリスマスのツリーを飾りました。何かとワクワクする季節ですが、私はクリスマスツリーを見るといつも思い出すことがあります。歯医者になりたてのころの苦い話です。

年の瀬迫る師走のある日、『むし歯が痛いから歯を抜いてほしい』という患者さんが来院しました。お口のなかをみると奥歯に大きな穴が!ただ、決して抜くほどの虫歯ではなく、治療すれば十分治すことができる状態でした。ところが患者さんはこういいます。
『自分は船乗りで年明けには海外へ出航だ。そして次に帰ってくるのは来年末。その間痛みが出るのが一番困る。だから今すぐ抜いてくれ!』

それから患者さんと一時間以上、話し合いました。虫歯は3回程度治療すれば治ること、その歯を抜くと将来とても困ること、ありったけの知識と熱をこめて説明しました。
でも人生経験の少ない新米歯医者に、荒波を越えてきた船乗りを納得させるような言葉はなかったようです。結果、当時の院長と相談し、患者さんの希望通り歯を抜くことになりました。あの日の帰り道、嫌悪感と罪悪感に苛まれながらみたクリスマスツリーは今でも鮮明に記憶しています。

おそらくほとんどの歯科医師は患者さんのことを考えて治療をしています。
しかしその中でも『患者さんのためになる治療』か『患者さんの立場にたった治療』かという問題は大きな論点であります。
一般的なサービス業では両者が同じ、もしくは近い意味をもつかもしれませんが、医療では大きな隔たりがあるのです。

先ほどの船乗りの話では、本当に患者さんのためになる治療なら歯を抜くべきではなかったかもしれません。でも患者さんの立場になれば歯を抜くことが正解だったはずです。この話は極論かもしれませんが、歯科医師はこういったジレンマを抱えながら診療しています。

このまま話を深めていくと、最終的には延命治療、安楽死、自分の命は誰のものか?といった宗教的、哲学的議論に辿り着きそうなのでこれ以上掘り下げるのはやめておきます。これらは『良い』『悪い』の二値論理で結論がだせるような問題ではありません。

でもきっと、一番大事なことはいろんなジレンマを抱えながらも、ひたすら目の前の患者さんに真摯に向き合う姿勢を忘れないことだと思います。
今年も熱い気持ちを呼び起こしてくれたクリスマスツリーに感謝です!

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